慌ただしい日々が続き、立ち止まりゆっくり思い巡らせることもできずにいると、思い出す文章がある。
プロの手によるものではない。中学生の時、音楽の先生が文集に寄せていたエッセイだ。
まだ経験の浅い、地味な女の先生で、授業の最後に少し時間が余ると、となりのトトロとか、魔女の宅急便とか、みんなが知っている曲をピアノで弾いて聞かせてくれるような人だった。
子供の頃はあんなに感受性が豊かだったのに、もうすっかり失われてしまった。そんな書き出しだった。お祭りのあと、祭りの飾りが電線にひっかかっているのを見て物寂しく感じたような気持ちが、今の自分には見当たらない。あの頃の感性はどこへ行ってしまったのか。
そう思うようになったある日、電車に乗って東京まで音楽を聴きに行ったそうだ。そしてオーケストラの音がホールの天井から降り注いできた時、先生は頬に伝うものを感じて確信を得る。
ああ、まだ自分には失われていないものがある、と。
最近は仕事が忙しくて、ライブハウスに足を運ぶこともままならなかったけれど、ようやく時間が取れたので、好きなバンドを聴きに下北沢まで出かけた。客でいっぱいのフロアに、高い音圧で激しいロックがあふれ出す。そうだよ、この曲が好きだったんだ。何度も何度も聞き込んだから、自然と歌詞が口を突いて出る。僕はうつむいて、時折客席を照らし出す照明の陰で、ジーンズの後ろポケットを探る。
しまった。急いで家を出たから、ハンカチを忘れてしまった。