2010年12月9日木曜日

塩沢先生

ヘチマの絵を描いた時の先生、と言えば、小学校三年の時の同級生はけっこう覚えているんじゃないかと思う。担任の塩沢先生は図工の先生だった。

小柄で眼鏡をかけた、どちらかと言えば寡黙な男の人で、大声で笑ったり、逆に声を荒げたりするタイプではなかった。でもクラスはなんとなくまとまり、大きく乱れることがなかった。

授業で絵を描く時には、「もっとよく見てごらん」と言い続けていたように思う。
小学生はそれほど奔放でも自由でもない。花の絵といえば、男の子は大雑把な、女の子はいかにも漫画に出てきそうな花を描いている。それでいいと思って先生の所に見せにいくと、静かな口調で、しかしぜんぶ駄目出しを食らうのだ。
花びらの真ん中のところが、どうなっているかよく見てごらん。葉っぱの先っぽが、どうなっているかよく見てごらん。

ある時、校庭の隅で栽培していたヘチマの絵を描くことになった。ヘチマなんて変なの、と子供心に思ったのを覚えている。ところがこれは大仕事になった。

ヘチマは緑だと思って緑の絵具で塗りつぶすと、先生は首を横に振る。もっとよく見てごらん。それぞれの子供に少しずつヒントを与えながら、青や、黄色や、茶色や、灰色や、いろんな色に気づかせていく。赤や白や黒を塗り重ねていくうちに、ヘチマの緑はどんどん面白くなっていく。
やがて構図に注文をつけ始める。ここの隙間に何か描いてごらん。ヘチマのツルや、友達の顔。最初に大きく描くように言われた実や葉の間から、丸まったツルや、子供の手足や目鼻がのぞくようになると、いつか画面には動きと奥行きが生まれている。

そしてクラスに変化が起きた。絵がうまいのはあの子とあの子、と相場が決まっていたはずが、その序列が崩れてきたのだ。運動は得意だけど不器用だと思われていた子や、漫画は上手いけど授業ではあまり評価されてこなかった子が頭角を現し、結局すごい絵を描きあげた。そのうち何人かの描いたヘチマは、大きく引き伸ばされて市の施設の天井にぶらさがった。

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